2020年 あけましておめでとうございます。
2020年が始まりました。
あけましておめでとうございます。相変わらず年末年始とバタバタと過ごしておりまして
全然正月感がありません。
昨年はホテルニューオータニで元旦、二日と展示、
一昨年は中条でのプロジェクトが始まったことでてんやわんや
その前は長野の門前、ナノグラフィカにて元旦から個展
・・・とまあ、
ゆったりと正月気分なんてものをここ最近味わってはいないのですが
そういうのが当たり前になってくると
もはや正月ってどうしていいのかわかんなくなってきてるのかもしれません。
もはや正月ってどうしていいのかわかんなくなってきてるのかもしれません。
昨年、暮れも押し迫った29日、
部屋の壁の取り壊しを始めてしまいました。
事務室兼作品ストックルームが乱雑さを極め、
踏み場のない状態になってたことの
フラストレーションが一気に爆発した感じです。
年明けからの仕事に間にあわせるにはこのタイミングしか
年明けからの仕事に間にあわせるにはこのタイミングしか
改築作業をする時間が取れないからしょうがありません。
そこから年末までは
29日 壁取り壊し(1.8m×2.4m)
30日 4畳半の畳撤去、床貼り
31日 事務仕事用カウンターテーブルと神棚製作
と怒涛の年末を過ごしました。元旦までに神棚を作って
すっきりと手を合わせたいというのもあったんですけどね。
結局やりかけのまま年越しをしてしまいました。
木っ端だらけ、オガクズだらけの正月でした。
あぁ、こんなもんかもなぁ。
というちょっとした感慨がありました。
自分が死を迎える時って心残りなやりかけを
山積みにして逝っちゃうもんかもしれないなあ。なんて。
ごめんなさい、「正月そうそうなんだ!縁起の悪い!!」
って叱られちゃうかもしれませんね。
でも、正月って「お年取り」っていいますしね。
無事に前の年を乗り越えられたことへの感謝とお祝いですから
こんなことを考えてもいいんじゃないかと思ってます。
こんな歳になっちゃったことだし。
半端な人間ですから。
それでいてやりたいことをどんどん手を広げていく性格ですから
きっといろんなことやりかけのままになっちゃうことでしょう。
いろんな人を巻き込んで迷惑もかけちゃうことでしょう。
程度の差こそあれ、生きてくってそういうことなのかもしれません。
なのであらかじめ言っときます。
みなさん色々ごめんね。いつもありがとう。これからもよろしく。
写真はカウンターテーブルの上の棚が完成した2日の様子。
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神鏡を磨く
サビいっすなあ。冬ですからねぇ。
しかし、長野はいつも通り寒いけど雪は少ない。
北陸は大変な目にあってるとのこと。
みなさまご苦労様です。くれぐれも雪かきで腰痛めないようにね。
そうそう、金沢では雪かきのこと「雪すかし」って言います。
フェイスブックで繋がってる金沢の友人たちの投稿に「雪すかし」の言葉が
一斉に載るのを見て懐かしい気持ちになりました。
「角居さん、八咫の鏡(ヤタノカガミ)磨いてくんねぇかい。」
そう言われたのは今年の地区の新年会。
びっくりしました。
八咫の鏡とは神社の奥、真ん中に鎮座する丸い御神体の鏡
実際には三種の神器の中の鏡の固有名詞でもあるので
一般名称で「神鏡」と呼ぶことにします。
そもそも神鏡なるものに触れることすら想像に及ばないくらい
僕の中では尊い存在でした。
昨年同じ神社、僕の住んでいるエリアの鎮守、田面稲荷神社(たづらいなりじんじゃ)
の鈴が破損してしまい、それの修復をさせていただいたので
それを見込んでのことだったと思います。
実際に受け取った神鏡は直径約一尺、厚さ1センチほど、
綺麗な真円の白銅製でした。白銅でしたら扱ったことがあります。
裏にはこの鏡を奉納した方の名前と奉納日が彫られています。
昭和6年に奉納。
戦前、戦中、戦後と激動の時代を見つめ、
大事に扱われてきたのであろう御神体を手に触れる。
なんとも不思議な感触がしました。
表面が酸化してざらつき、白く変色しておりましたが
腐食は深くはなさそうです。
まずは酸洗。
硫酸に浸し、頃合いを見て重曹で下研磨、
ざらつきがなくなり少し光沢が出てきました。
後はひたすら面を壊さないよう、バフにて研磨していきます。
完全に曇りが取れるまで全体に7〜8回も研磨したでしょうか。
不思議なもので研磨していくと前の仕事、作った時の仕事が見えてきます。
磨き始める時、僕は一つルールを決めました。
それは「放射状に研磨すること」
鏡を御神体にするとは
「敬虔で清らかな気持ちで己を見つめなおす」という意味もありますが
太陽を神格化した「天照大神」を御神体とするという大前提があります。
お社の中に収める神札、神宮大麻にも「天照皇大神宮」の文字がありますよね。
太陽の化身である以上、光は中心から外に向かって放射されるはず。
ただ周りを映す鏡ではなく放射状に光が発散されるべきだと思いがあり、
中心から放射状に磨いていきました。
ただ、この磨き方をすると真ん中を強く研磨する可能性があるため、
面が壊れないかという心配があり、注意深く見ながら作業を進めなくてはいけません。
ありがたいことに僕の研磨による面の波打ちは免れたのですが
変な方向にわずかな揺れがあるのです。
鏡面に近づくほど写り込みが顕著になりますのでよくわかります。
今日、僕に研磨を頼んでくれた方にお戻しし、「さすがだねえ」
とのお褒めの言葉をいただいて参りました。
約2週間ほども御神体不在にしてしまい大変申し訳ないことではありましたが
近いうちにまた田面稲荷神社にご神鏡が戻り、今まで以上に
僕らの心のうちを映してくれるのではないかと思います。
真ん中上部に写り込んでいるのは道祖神をかたどった松本の道神面。
アマテラスをかたどった神鏡に道祖神が写るなんてすごい物語になりそう。。
作業のための経過写真なので写真の質はかんべん!
僕の作品に「依代(よりしろ)」というタイトルのものがあります。
もちろん僕が作りますので金属製です。
本来、木をよりしろとする神籬(ひもろぎ)と
石をよりしろとする磐座(いわくら)の二つがあり、
そのほかはありえないと思っておりました。
しかし今回この仕事をするにあたり、一番僕らが目にする御神体、依り代が
金属製であるということを気づかせていただくありがたい経験でした。
何か背中を押していただける、そんな機会になったと思っています。
しかし、長野はいつも通り寒いけど雪は少ない。
北陸は大変な目にあってるとのこと。
みなさまご苦労様です。くれぐれも雪かきで腰痛めないようにね。
そうそう、金沢では雪かきのこと「雪すかし」って言います。
フェイスブックで繋がってる金沢の友人たちの投稿に「雪すかし」の言葉が
一斉に載るのを見て懐かしい気持ちになりました。
「角居さん、八咫の鏡(ヤタノカガミ)磨いてくんねぇかい。」
そう言われたのは今年の地区の新年会。
びっくりしました。
八咫の鏡とは神社の奥、真ん中に鎮座する丸い御神体の鏡
実際には三種の神器の中の鏡の固有名詞でもあるので
一般名称で「神鏡」と呼ぶことにします。
そもそも神鏡なるものに触れることすら想像に及ばないくらい
僕の中では尊い存在でした。
昨年同じ神社、僕の住んでいるエリアの鎮守、田面稲荷神社(たづらいなりじんじゃ)
の鈴が破損してしまい、それの修復をさせていただいたので
それを見込んでのことだったと思います。
実際に受け取った神鏡は直径約一尺、厚さ1センチほど、
綺麗な真円の白銅製でした。白銅でしたら扱ったことがあります。
裏にはこの鏡を奉納した方の名前と奉納日が彫られています。
昭和6年に奉納。
戦前、戦中、戦後と激動の時代を見つめ、
大事に扱われてきたのであろう御神体を手に触れる。
なんとも不思議な感触がしました。
表面が酸化してざらつき、白く変色しておりましたが
腐食は深くはなさそうです。

まずは酸洗。
硫酸に浸し、頃合いを見て重曹で下研磨、
ざらつきがなくなり少し光沢が出てきました。

後はひたすら面を壊さないよう、バフにて研磨していきます。
完全に曇りが取れるまで全体に7〜8回も研磨したでしょうか。
不思議なもので研磨していくと前の仕事、作った時の仕事が見えてきます。
磨き始める時、僕は一つルールを決めました。
それは「放射状に研磨すること」
鏡を御神体にするとは
「敬虔で清らかな気持ちで己を見つめなおす」という意味もありますが
太陽を神格化した「天照大神」を御神体とするという大前提があります。
お社の中に収める神札、神宮大麻にも「天照皇大神宮」の文字がありますよね。
太陽の化身である以上、光は中心から外に向かって放射されるはず。
ただ周りを映す鏡ではなく放射状に光が発散されるべきだと思いがあり、
中心から放射状に磨いていきました。
ただ、この磨き方をすると真ん中を強く研磨する可能性があるため、
面が壊れないかという心配があり、注意深く見ながら作業を進めなくてはいけません。
ありがたいことに僕の研磨による面の波打ちは免れたのですが
変な方向にわずかな揺れがあるのです。
鏡面に近づくほど写り込みが顕著になりますのでよくわかります。
その揺れはどうも製作時におけるやすりをかけた方向の波打ちのように思うのです。
先人の仕事が垣間見える、昭和6年の職人が心を込めて制作した仕事の一端が覗ける
とても貴重な経験でした。
先人の仕事が垣間見える、昭和6年の職人が心を込めて制作した仕事の一端が覗ける
とても貴重な経験でした。
今日、僕に研磨を頼んでくれた方にお戻しし、「さすがだねえ」
とのお褒めの言葉をいただいて参りました。
約2週間ほども御神体不在にしてしまい大変申し訳ないことではありましたが
近いうちにまた田面稲荷神社にご神鏡が戻り、今まで以上に
僕らの心のうちを映してくれるのではないかと思います。

真ん中上部に写り込んでいるのは道祖神をかたどった松本の道神面。
アマテラスをかたどった神鏡に道祖神が写るなんてすごい物語になりそう。。
作業のための経過写真なので写真の質はかんべん!
僕の作品に「依代(よりしろ)」というタイトルのものがあります。
もちろん僕が作りますので金属製です。
本来、木をよりしろとする神籬(ひもろぎ)と
石をよりしろとする磐座(いわくら)の二つがあり、
そのほかはありえないと思っておりました。
しかし今回この仕事をするにあたり、一番僕らが目にする御神体、依り代が
金属製であるということを気づかせていただくありがたい経験でした。
何か背中を押していただける、そんな機会になったと思っています。
数学の演奏会 森田真生さん
こんなにエキサイティングな講演会を聞いたことがあっただろうか?
淀みなく出てくる名称と年号 数学の歴史、小学生でもわかる言葉、湧き出すイメージ。
あれはなんだったのだろう・・・
10月28日、『数学の演奏会』と題した講演会に参加させていただいた。
講師は森田真生さん、独立研究者。
大学に属さずに数学の講演と研究、執筆をしている・・らしい。
「演奏会」と題しているのは音楽を聴くように、数学も楽しんでほしい
との思いからのようだ。
いや、こんなん楽しいに決まってんじゃんかよー。ておもた。
このまま終わらなければいいと思った。
こんなことなかった。今まで。
そのくらい興奮した。脳みそぐるぐる回った。
虚数の感覚が全然わかんなかったのにわずか5分ほどでしっくりきた。
淀みなく出てくる名称と年号 数学の歴史、小学生でもわかる言葉、湧き出すイメージ。
あれはなんだったのだろう・・・
10月28日、『数学の演奏会』と題した講演会に参加させていただいた。
講師は森田真生さん、独立研究者。
大学に属さずに数学の講演と研究、執筆をしている・・らしい。
「演奏会」と題しているのは音楽を聴くように、数学も楽しんでほしい
との思いからのようだ。
いや、こんなん楽しいに決まってんじゃんかよー。ておもた。
このまま終わらなければいいと思った。
こんなことなかった。今まで。
そのくらい興奮した。脳みそぐるぐる回った。
虚数の感覚が全然わかんなかったのにわずか5分ほどでしっくりきた。
あれは見事なエンターテイメントだった。
速攻で森田さん『数学する身体』をポチった。
話の中で出てきた鈴木健さんの『なめらかな社会とその敵』も一緒に買った。
帰宅して昔買ったnewtonの「ゼロと無限の科学」ムックを開いた。
ザンネン、「虚数」の特集は娘にあげたんだっけか?読みたいなー。
いっぺん読んだけど、岡潔も読み返してみようかなぁ。
芸術の秋 食欲の秋 は普通だけど今年の秋から「数学の秋」も足しとこう。
あ、これは読書の秋か??
森田さんの著作、『数学する身体』は小林秀雄賞を取った本だそうである。
以前読んだ、森田さんが敬愛してやまない岡潔と小林秀雄の対談本、
『人間の建設』をパッと開いたページに
速攻で森田さん『数学する身体』をポチった。
話の中で出てきた鈴木健さんの『なめらかな社会とその敵』も一緒に買った。
帰宅して昔買ったnewtonの「ゼロと無限の科学」ムックを開いた。
ザンネン、「虚数」の特集は娘にあげたんだっけか?読みたいなー。
いっぺん読んだけど、岡潔も読み返してみようかなぁ。
芸術の秋 食欲の秋 は普通だけど今年の秋から「数学の秋」も足しとこう。
あ、これは読書の秋か??
森田さんの著作、『数学する身体』は小林秀雄賞を取った本だそうである。
以前読んだ、森田さんが敬愛してやまない岡潔と小林秀雄の対談本、
『人間の建設』をパッと開いたページに
ありがとうとおめでとうと。
2016年12月31日大晦日。
あと数時間で2016年が終わります。
今年もいろんなところへ伺いました。
たくさんの展示の機会に恵まれました。
僕の作ったものをたくさんの方に手に取っていただく機会を得ました。
たくさんの人と嬉しい出会いがありました。
口に出せることといえば感謝しかありません。
みなさま、ありがとうございました。
今日と明日は連続していますが、2016年が終わり2017年が始まります。
どうかみなさま、2017年もよろしくお願いいたします。
もう数時間もすれば挨拶が「おめでとう」になりますが、
それに先立って個人的に「おめでとう」がありました。
それもちょっと不思議な形で。
兄が調教師をしています。
これを読んでくださる方は知っておられる方も多いと思います。
日本のトップトレーナーの一角を占めています。
身内ながらすごいことだなあと思っています。
今年11月26日、通算勝利数が600勝となりました。
現役調教師の中では14人目だそうです。
フェイスブックを通じて繋がった友人がいます。
その方はもともと兄の友人でした。
「角居調教師の600勝のお祝いをしたい」というメッセージがあり、
その方の注文で兄へのプレゼントを作るという不思議なご縁をいただきました。
そしてとても嬉しい言葉をいただきました。
その言葉の一言一言がありがたかったのですが僭越ながら要約させていただきます。
「調教師というのは勝ち負けのある仕事です。調子の良し悪しが必ずあります。
調子の良くないときに康宏さんの作ったものを見て、600勝達成した気持ちを思い出し
康宏さんが応援してくれる再確認と気持ちの切替えができるキッカケになると思います」
兄への励ましと祝いと。それからさらに僕への応援と兄との絆とを
結びつけてくれるとてもありがたいお仕事をいただきました。
先日 兄の手へと渡り、サプライズプレゼントの喜びを伝えてくれました。
本当に感謝でいっぱいです。
600勝というのは偉大な記録と思います。
しかしまだ道の途中、これからもどんどん勝ち星を積み重ねて欲しいと思います。
おめでとう!頑張れ!にいちゃん!!
年が変わろうと、今日と明日とが連続しているように、
600勝と601勝は連続しています。それは700勝、800勝へと続いています。
僕自身は今まで作品をいくつ作ってきたのでしょうか?
自信を持って言えることは去年より間違いなく
いいものを作ることができているということです。
今日と続く明日はもっといいものができますよう。
見たことのない世界に踏み込むことができますよう。
みなさま、2017年もよろしくお願いいたします。
あと数時間で2016年が終わります。
今年もいろんなところへ伺いました。
たくさんの展示の機会に恵まれました。
僕の作ったものをたくさんの方に手に取っていただく機会を得ました。
たくさんの人と嬉しい出会いがありました。
口に出せることといえば感謝しかありません。
みなさま、ありがとうございました。
今日と明日は連続していますが、2016年が終わり2017年が始まります。
どうかみなさま、2017年もよろしくお願いいたします。
もう数時間もすれば挨拶が「おめでとう」になりますが、
それに先立って個人的に「おめでとう」がありました。
それもちょっと不思議な形で。
兄が調教師をしています。
これを読んでくださる方は知っておられる方も多いと思います。
日本のトップトレーナーの一角を占めています。
身内ながらすごいことだなあと思っています。
今年11月26日、通算勝利数が600勝となりました。
現役調教師の中では14人目だそうです。
フェイスブックを通じて繋がった友人がいます。
その方はもともと兄の友人でした。
「角居調教師の600勝のお祝いをしたい」というメッセージがあり、
その方の注文で兄へのプレゼントを作るという不思議なご縁をいただきました。
そしてとても嬉しい言葉をいただきました。
その言葉の一言一言がありがたかったのですが僭越ながら要約させていただきます。
「調教師というのは勝ち負けのある仕事です。調子の良し悪しが必ずあります。
調子の良くないときに康宏さんの作ったものを見て、600勝達成した気持ちを思い出し
康宏さんが応援してくれる再確認と気持ちの切替えができるキッカケになると思います」
兄への励ましと祝いと。それからさらに僕への応援と兄との絆とを
結びつけてくれるとてもありがたいお仕事をいただきました。
先日 兄の手へと渡り、サプライズプレゼントの喜びを伝えてくれました。
本当に感謝でいっぱいです。
600勝というのは偉大な記録と思います。
しかしまだ道の途中、これからもどんどん勝ち星を積み重ねて欲しいと思います。
おめでとう!頑張れ!にいちゃん!!
年が変わろうと、今日と明日とが連続しているように、
600勝と601勝は連続しています。それは700勝、800勝へと続いています。
僕自身は今まで作品をいくつ作ってきたのでしょうか?
自信を持って言えることは去年より間違いなく
いいものを作ることができているということです。
今日と続く明日はもっといいものができますよう。
見たことのない世界に踏み込むことができますよう。
みなさま、2017年もよろしくお願いいたします。


チベット、薬草の旅
僕が日本でただ一人のアムチと知り合ったのは一昨年の春。
アムチって何??って?
語感で言うと赤くて弾力性のある甘い食べ物という感じしますね。
アマゾン原産のフルーツ。アムチ。
え?しませんか?
現地の人もお祭りの時にしか口に出来ないと言う幻のフルーツ、アムチ。
そんな気がしてきたでしょ??
さてと、真実はといいますと
チベットのお医者さんなのでした。アムチ。
その内容については以前にこのブログで書きましたので
そちらをお読みくださいな。
このこれ↓をポチッとクリッコしていただけると読めるようにしておきますね。
アムチ
さて、そのアムチ、小川康氏が本を出されたそうなのであります。
だもんだから小川くんちに本買いに行って参りました。
なんつか、本の流通ってなかなか難儀らしいのよね。
すんごくいい本なんだけど、じゃあ全国の書店でご購入頂けます。
なんて風には行かないらしくて。
上記のブログでも本の紹介でしたが、
今回のは本人の思い入れが強く、装丁やら挿絵やらステキなんでございます。
せっかくのいい本なのに、ステキな出来上がりなのに皆様の目にとまらないのは
不幸なことだなあと思い、僕も掩護射撃。
あれ?前回のブログでも画家、越ちひろ氏の掩護射撃してた気ががするなあ。
誰かオレの援護射撃もプリーズ♡
ん?で、どこで買えるんだって?
そうでしたそうでした。
前回のブログで書いた上田,サントミューゼのミュージアムショップでも
置いて頂けているようで、僕の器と仲良く並んでるとか。
あと、遠くの方はこちらのサイトからご注文頂けますよ。
価格は1600円+税 あと送料がかかりますね。
チベット、薬草の旅
こんな感じです。チベットがはぐくんだ
山の知恵、自然の知恵満載な上、小川氏の冒険物語、チベットの風土を記した
読んで楽しい実用書として、ぜひお買い求めくださいな。

僕なんかサインもらっちゃったもんねー。
チベット語の文字、全然読めねーー!!

アムチって何??って?
語感で言うと赤くて弾力性のある甘い食べ物という感じしますね。
アマゾン原産のフルーツ。アムチ。
え?しませんか?
現地の人もお祭りの時にしか口に出来ないと言う幻のフルーツ、アムチ。
そんな気がしてきたでしょ??
さてと、真実はといいますと
チベットのお医者さんなのでした。アムチ。
その内容については以前にこのブログで書きましたので
そちらをお読みくださいな。
このこれ↓をポチッとクリッコしていただけると読めるようにしておきますね。
アムチ
さて、そのアムチ、小川康氏が本を出されたそうなのであります。
だもんだから小川くんちに本買いに行って参りました。
なんつか、本の流通ってなかなか難儀らしいのよね。
すんごくいい本なんだけど、じゃあ全国の書店でご購入頂けます。
なんて風には行かないらしくて。
上記のブログでも本の紹介でしたが、
今回のは本人の思い入れが強く、装丁やら挿絵やらステキなんでございます。
せっかくのいい本なのに、ステキな出来上がりなのに皆様の目にとまらないのは
不幸なことだなあと思い、僕も掩護射撃。
あれ?前回のブログでも画家、越ちひろ氏の掩護射撃してた気ががするなあ。
誰かオレの援護射撃もプリーズ♡
ん?で、どこで買えるんだって?
そうでしたそうでした。
前回のブログで書いた上田,サントミューゼのミュージアムショップでも
置いて頂けているようで、僕の器と仲良く並んでるとか。
あと、遠くの方はこちらのサイトからご注文頂けますよ。
価格は1600円+税 あと送料がかかりますね。
チベット、薬草の旅
こんな感じです。チベットがはぐくんだ
山の知恵、自然の知恵満載な上、小川氏の冒険物語、チベットの風土を記した
読んで楽しい実用書として、ぜひお買い求めくださいな。

僕なんかサインもらっちゃったもんねー。
チベット語の文字、全然読めねーー!!
